製造業ライン工からインド就職へ|設備プロジェクトの営業・管理を5年経験したN.Mさん29歳体験談

工業高校卒・製造業ライン工の経験から、インドで法人営業や設備プロジェクト管理の仕事に就ける?


実現した事例があります。製造業のライン工を4年半経験したN.Mさんは、フィリピン留学とカナダでのワーキングホリデーを経てインドへ就職しました。掲載時はグジャラート州の日系建設設備会社でプロジェクトコーディネーターとして5年間勤務し、自動車業界に関わる法人営業や設備プロジェクト管理を担当しています。
日本の工業高校を卒業後、製造業のライン工として4年半勤務したN.Mさんは、退職後にフィリピン留学とカナダでのワーキングホリデーを経験し、インドへ海外就職しました。グジャラート州の日系建設設備会社でプロジェクトコーディネーターとして5年間勤務し、法人営業やプロジェクト管理を担当。設備プロジェクトの開始から据付、稼働後まで一貫して携わる経験を積みました。日本とインドで仕事を進める際の前提やコミュニケーションの違いにも直面しながら、問題発生時のリカバリーや別のアプローチを考える対応力を身につけています。(2023年2月7日掲載)
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海外就職前:日本の工業高校を卒業後、製造業のライン工として4年半勤務。退職後、フィリピン留学とカナダでのワーキングホリデーを経験
掲載時の年齢:29歳
海外就職時の年齢:記事に正確な記載なし
居住国・地域:インド・グジャラート州
インドでの勤務期間:5年間
勤務先:インドの日系建設設備会社
職種・ポジション:プロジェクトコーディネーター
仕事内容:日系自動車業界に関わる法人営業と設備プロジェクト管理
掲載時の働き方:顧客先へ常駐して営業を担当
海外だからこそ経験できた仕事:設備プロジェクトの開始から完了までに加え、設備の据付・稼働後まで一貫して携わったこと
仕事で感じたやりがい:何もなかった場所へ設備を据え付け、実際に稼働し、そこで人が働くところまで見届けられたこと
海外就職で直面した課題:日本とインドで仕事を進める際の前提や説明の仕方の違いから認識のずれが生じ、仕事が予定どおり進まないことがあった
課題の具体例:細かく説明しなくても共有できると思っていた内容が現地スタッフへ十分伝わらず、期待した成果と異なる結果になることがあった
課題への対応:物事が予定どおり進まない可能性を前提とし、問題が発生した際のリカバリー方法や別のアプローチを考えるようになった
対応力を身につけた方法:日々のインドでの生活と仕事を通じて経験を積み重ねた
日本へ帰りたいと感じた経験:帰りたいと思ったことはないと回答
海外就職で得たこと:忍耐力、突発的な問題への対応力、予想外のことが起きても何とかできるという自信
今後のキャリア:現場経験を活かしながら、ITを活用して業務改善を行う「市民開発者」を目指す
現在学んでいること:オンライン大学で経営を学んでいる
今後挑戦したいこと:大学で学んだ経営知識も活かし、社内で新規事業を立ち上げること
今後の勤務地:別の国で働くことも検討
海外就職希望者へのメッセージ:海外で働くことにはストレスを感じる場面もあるが、日本では得にくい経験を通じて成長できるため、恐れず挑戦してほしいという本人の考え

※本記事は、N.Mさん個人の海外就職体験に基づく内容です。求人状況、給与・待遇、就労ビザ・労働許可証の条件等は、時期や企業、応募者の経歴によって異なります。現在募集中の求人については、インドの求人情報をご確認ください。インド就職に関する求人傾向、求められる語学力、給与・待遇、就労ビザ、現地生活の情報については、インドの海外就職情報をご確認ください。
ページでは、工業高校卒業後に製造業のライン工を4年半経験してからインドへ海外就職した経歴、フィリピン留学とカナダでのワーキングホリデー、日系建設設備会社における法人営業・プロジェクト管理、設備の据付から稼働後まで携わる仕事、日本とインドの仕事の進め方の違いで直面した課題、突発的な問題への対応力、ITと現場経験を組み合わせた今後のキャリアなどが確認できます。


プロフィール

『海外は刺激的かつストレスフル。それでも挑戦することで得られるものがある』インド:グジャラート州在住5年 N.Mさん29歳
何が来てもなんとかなる
日本の工業高校を卒業後、製造業ライン工を4年半経験の後、退職。その後フィリピン留学、カナダ・ワーキングホリデーを経てインドへ海外就職。現在は日系建設業設備会社でプロジェクトコーディネーターとして5年勤めています。次はまた別の国で働くことを検討中。

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